川南造船所

伊万里港の西岸に位置する造船所跡

 


佐賀県の伊万里港西岸の浦之崎地区にのこる遺跡。もともと中東から船によって輸入された原材料を加工するガラス工場で、製品はここから海外に向けて輸出されていたが、1940
(昭和15)年、日中戦争のさなかに長崎から移転した川南工業株式会社(朝鮮半島の缶詰工場で成功した川南豊作氏が1936年に設立。なお、同氏は1942年無税・無戦戦争・無失業の「三無」というスローガンを掲げ、国会を占拠し、国家革新を図ったとして1961年12月12日に警視庁公安部に逮捕された、いわゆる「三無事件」の中心人物としても有名〔懲役2年〕。戦後、公職追放となる
浦之崎造船所として主に貨物船の製造が開始される。1943(昭和18)年に軍需工場の指定を受け、海防艦や「人間魚雷」(特殊潜航艇)などが建造された。
当時の従業員数は学徒動員なども含め約2,500〜3,000人といわれている。軍事拠点であったため米軍の攻撃目標となり、たびたび米・艦載機の機銃掃射を受けた。戦後は伊万里湾重工業株式会社として再生し、船舶の建造、修理に加え、鉄道の貨車、客車なども手掛けたが、1955(昭和30)年に経営陣内の内紛等により、破産宣告を受け閉鎖された。

 

 

田村のホームページですHPより引用

 


川南造船所全国同盟

http://www.geocities.jp/imari_kawanami/


伊万里川南造船所(号外・九州近代化遺跡女性は見ないでください)

http://www.youtube.com/watch?v=QmlO9WdZTOM