丹賀砲塔砲台





九州と四国の間にある豊後水道の中で、最も水路が狭い部分に豊予海峡があります。この海峡に面した地域には明治から終戦までに、敵艦の侵入や攻撃に対抗するための砲台や堡塁などの要塞が数多く作られました。その中のひとつが大分県佐伯市鶴見にある丹賀砲塔砲台です。

 丹賀砲塔砲台は大正15(昭和2年という説もあり)に起工。当時の技術では難工事だったといい、竣工したのは昭和6年でした。砲台に収まったのは、なんと巡洋艦の後部主砲。大正12年に廃艦となった巡洋艦「伊吹」のもので、口径30センチの二連装砲塔、射距離は26800メートルあったと記録されています。

 対米英関係が緊迫する中、昭和17年になり実弾試射をすることになります。しかしその日の試射の最後の1発が砲塔内部で暴発。砲室内にいた16名全員が即死し、周囲の施設にいた28名が重軽傷を負うという大事故になりました。砲塔内部のコンクリート壁に残る深い傷跡が、その爆発の激しさを今に伝えています。この事故により丹賀砲塔は、敵艦に向かって1回も砲弾を発射することなくその役目を終えることになりました。




九州ヘリテージより引用